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名前のローマ字表記

 メインに使っているクレジットカードが、秋からICカードになるという通知がだいぶ前に来ていた。切り替え後は、カード利用のたびに本人確認のため暗証番号が必要になるらしい。ついでに、デフォルトで顔写真入りにすればいいのにね。
 さて、ICカードになるってことは、かなり大きな変更なので、もしかしたら、と思って以前一度問い合わせた名前のローマ字表記の件を、再度問い合わせてみた。

 現在クレジットカードにデフォルトで刻印されているローマ字名はどれも「名—姓」の順になっている。私の場合は「YUKIKO OSAWA」だ。しかし、私は「OSAWA YUKIKO」であって断じて「YUKIKO OSAWA」ではない。中国や韓国などは昔から「姓—名」の順のままなのに、なんで日本だけが姓名をひっくり返して英語圏の人に媚びなければならないのか。だったら、欧米人の名を日本で紹介するときは「モンロー・マリリン」のようにすべきだろう。
 ということを、かねがね思っていたのだ。
 その後、風向きが変わった。外務省がパスポートの表記を「姓—名」の順に変更した。やるじゃん、外務省。遅いけど。国語審議会も「異なる国の人が互いに名前を紹介する場合は、国固有の形式が好ましい」という中間報告を2000年9月に発表した。そうそう、そうだよ。それが好ましいに決まってるじゃないか。
 それで、クレジットカードのローマ字表記もひっくり返してくれとカード会社に問い合わせたことがあったのだった。

 カード会社の返事は、「できるが、新しくカードを作り直してもらうことになる」だった。私はそれでもよかったのだが、親カードの名義人である夫からは、カードの番号が変わってしまうといろいろめんどうたからイヤだと却下されてしまったので、そのときはあきらめた。
 今回ICカード切り替えにあたり、再度要望してみた。おお、できるんだ。うれしや。しかし、家族カード会員の私の申請ではだめで、親カードの会員である夫からの直接の申請がなければだめだという。早速夫から電話してもらったところ、「できるけど、海外で使えないこともあるかもしれない」と言われたとのこと。なんなんだよ、それは。自分のカードを使って、カードに刻印されてある自分の名前がなんで使えないんだよ。気に入らないなあ。でもまあ、当分海外に行くことなんかないだろうから実質的影響はない。これでやっと、クレジットカードに正しい名前が刻印されることになった。

 と思ったら、まだもうひとつ懸案事項があったことに、これを書くためにパスポートでの表記について調べていて思い出した。
 私の名字は「オオサワ」である。一般的にはローマ字では「OSAWA」となる。でも、これじゃ「オオサワ」なんだか「オサワ」なんだかわからない。もっとも、「オサワ」というのはほとんどないだろうから(「小沢」なら「OZAWA」となるだろうから)これはオオサワなんだろうな、と想像はつく。しかし、「ONO」さんはたいへんだ。「オオノ」なんだか「オノ」なんだか、これだけではわからない。これについてもかねて憤慨していた。あまりにもバカにしているではないか。それが、数年前からパスポートへの表記は、「氏名の長音表記申出書」を出すことで長音表記の記載ができるようになったのだ。オオノさんは「OHNO」と表記することが可能になる。オオサワさんも「OHSAWA」を選択できる。それを忘れていた。
 パスポートの場合は、家族の構成員によって姓の表記が違うと、出入国審査や滞在居許可取得の際などに支障が生じる可能性があるという理由から家族の姓を同一にしておかなければならないそうなので、夫と相談してどちらにするか決め、クレジットカードの表記もそれに合わせてもらう必要がある。パスポートはすでに切れているので、次に外国に行くときにはいずれにせよ作り直さなければならないが、きっと夫が定年退職するまでは無理だろうな。

 今年5月、カンヌ映画祭で「誰も知らない」に主演した柳楽優弥(やぎら・ゆうや)さん(14歳)がカンヌ史上最年少で最優秀男優賞に選ばれた。その発表の模様をテレビのニュースで放映したとき、発表はフランス語だったが、彼を「やぎら・ゆうや」と言ったんだ。「ゆうや・やぎら」ではなくね。思わず「偉いぞフランス」と叫んでしまった。しかし、現在開催中のアテネオリンピックでは、過去最高のメダル獲得数で、表彰台で名前を呼ばれる機会も過去最高にもかかわらず、相変わらず日本人だけがひっくり返されている。
 ここでひとつ疑問がある。欧米の人は、ローマ字表記された名前が日本人のものであるとわかった場合、「姓—名」だと思ってるんだろうか、それとも「名—姓」だと思ってるんだろうか。それとも、そんなことまったく気にしてないんだろうか。さらに、「姓—名」ではなく、「名—姓」でなければイヤだという人もいるらしい。まったくややこしい。一番最初にひっくり返したりなんかするから、今になってこういう混乱が起きるのだ。まったくよけいなことをしたものだ。
 とりあえず、「OSAWA Yukiko」のように姓をすべて大文字にするとか、「OSAWA, YUKIKO」のようにカンマをつければ、前が姓であることがわかるらしい。

 今、有名なテレビゲーム「ファイナルファンタジー8」をプレイしているが、ファイナルファンタジーでもドラゴンクエストでも、ローマ字で表記されるスタッフの名前は「名—姓」の順だ。次のオリンピック開催より前に発売されるのドラゴンクエストの新作では、ひっくり返さないでほしいと、切に願うものである。

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FOAU閉鎖が決まる

 パソコン通信ニフティのフォーラムのひとつ「FOAU(OASYSユーザーフォーラム)」が、9月いっぱいで閉鎖することが決まった。「Nifty 中村 明さんの思い出」にも書いたばかりだが、パソコン通信を始めたきっかけは、OASYSのフォーラムがニフティにあると弟に聞いたからだ。オンラインサインアップに成功して真っ先に行ったのがFOAUだった。FOAUは、ネットワーカーとしての私の原点で、ふるさとだった。そして、とても語り尽くせないほどいろんなことがあったんだよ。今のFOAUにはもう何も感じないけど。

 「ふるさとは遠きにありて思うもの」というのは室生犀星の詩の一節だが、思うだけでなく、帰りたいときには帰れるのがふるさとだ。事情があって顔を出せないふるさとでも、夜中にこっそり行くとか、変装して行くとか、顔を見られないようにして行くことはできる。でも、FOAUはなくなってしまう。もう、懐かしむことしかできなくなってしまう。さびしい。
 たくさんの素晴らしい出会いをありがとう。OASYSとFOAUにもらったたくさんの思い出と友だちは、一生の宝です。ありがとう。

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スタイルシートをいじってみた

 もう1か月ほど経ってしまうが、このココログのスタイルシートを変えてみた。
 ココログは、ニフティ会員なら無料で使えるベーシックのほかに、有料のコースが用意されていて、そっちだとレイアウトやスタイルを自由にカスタマイズできるようなのだが、ベーシックの場合は、コンテンツの配置以外は用意されたテンプレートから選ぶことくらいしかできない。そんなに凝るつもりはないので、有料にしてまでココログを使いたいとは思わないのだが、同じテンプレートを使ったココログにたどりつくと、やっぱりなんか悔しいので、ちょっとだけ変更してみた次第。
 ちょっとだけ、といったって、そう簡単にできるものではない。スタイルシートを自分で作らなければいけないのだから。それに、ココログベーシックではそういうことは原則としてできないので、裏技を使ってやらなければいけない。スタイルシートなんかちんぷんかんぷんだったので、「いつかは」と漠然と思っていたのだが、少し前にかれんさんから教えてもらって使うようになった日記のCGIがスタイルシートを使っていたため、否応なしに勉強したという次第。こういうことでもないといつまでもずるずると一日延ばしにしていただろうから、いいタイミングでいいきっかけを与えられたと喜んでいる。
 で、とりあえず背景色やらリンクの文字色やらを変えてみたものの、タイトルを表示する位置やらなにやらは、選択してあるテンプレートに依存してしまうので、変更できず、欲求不満状態。でも、ま、いいや。だいだい、いくら細かい設定までできたからって、デザイン能力がなければそんな機能は宝の持ち腐れなんだから。今のスタイルだって、気に入っているわけではないが、かといってほかにも思いつかないのでこんなふうになってるだけだし。
 ま、「いつかはMovable Type」、と、希望だけは捨てずにいよう(^^;)。

 カスタマイズにあたり、助言いただいたぞうさん、および、「詩織」内にカスタマイズ方法をまとめてくださったフルカワマサユキさんに、お礼申し上げます。ありがとうございました。

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Nifty 中村 明さんの思い出

 7/11付の記事「ホテイアオイがナスに化けた話」にコメントをお寄せくださった JQさんを私は存じ上げなかったのだが、プロフィールを拝見すると、A-Girl社長の伊藤淳子さんであった。E-mailアドレスがニフティなのと、女性であること以外に私との共通点は見いだせず、何故そのような有名な方がこんな片田舎(^^;)の、忘れたころにしか更新されない無名ブログを読んでくださったのか甚だ不思議なことであるが、たいへんうれしかった。夫にも(ここを読んでいたのか…)「コメントしてくれた人がいるけど、誰?」と聞かれた。彼も、同様にうれしかったらしい。
 JQさん、ありがとうございます。

 そのJQさんのブログJQ's Hit & Runを拝見していたら、もうひとつJQさんとの共通点を見つけた。私もNiftyの中村 明さんからウエルカムメールをもらい、そして今、「中村メール」という言葉に、ネットワーク創世記のノスタルジーを感じるひとりである。
 先月アットニフティから15周年のメールをもらったとき、「これが中村さんからのメールだったらな」と思っていたところだったので、たいへん懐かしくJQさんの書かれた「Niftyの中村明さん」を拝見した。中村さんが書いたウエルカムメールが非常に多いとは知っていたが、それほどだったとは。JQさんが紹介された沼原利彦さんのサイト内のページに、懐かしい中村さんのメールが転載されているが、私も沼原さんと同じく中村さんに返信を差し上げたひとりだった。

 パソコンなんて使ったこともない私が富士通のワープロOASYS 30LXに付属のイントロパックでパソコン通信NIFTY-Serveに加入したのは、1989年7月はじめのことだった。きっかけは、そのころ職場で使い始めて、自分でも購入したOASYSのフォーラムがニフティにあると弟に聞いたからだ。
 その彼から1200bpsのお古のモデムをゆずってもらい、OASYS専用通信ソフト「パーソナルAT」のマニュアル片手に格闘しながら“やっと”サインアップに成功したときは、ほんとうにうれしかった。

 あのころ、新入会員のIDと氏名は、簡単な自己紹介とともに一覧表示されたので、入会時に必ず何かひとこと書くことになっており、サンプルとして「知らない人からのメール待ってます」という文章が紹介されていた。めんどくさいのでそのとおりに書いておいたところ、一人1行の新入会員一覧を見たら同じように書いている人ばかり。みんな考えることは同じなんだと笑ってしまった。
 新入会員のIDと氏名(実名)が公開されるなど、今では信じられないことだが、当時はそれが普通だった。そして、新入会員一覧を見て知らない人にメールを出すのが流行っていたようで、私も何通か知らない人からのメールをもらった。誰もが試行錯誤でパソコン通信を始め、まずはメールというものはどんなものかを試してみたかった、そういう時代だったのだ。
 知らない人から届いたメールは、すべて男性からだった。パソコン通信はまだまだ男性中心で、女性会員は珍しかったのだ。生来真面目な性格である私は、そのひとりひとりに返事を書いた。内容は、どこに住んでいるとか、趣味は何かとか、今思うとたわいないものだか、初めてメールによる双方向のコミュニケーションを体験したわけである。中に、自分のことを「マックをこよなく愛する」と書いている人がいて、「マクドナルドをこよなく愛するとなんて珍しい人だな」と思っていたら、実はマッキントッシュのことだったという笑い話もあったっけ。私がまだマッキントッシュなど名前も知らなかったころである。
 しかし、この文通はほとんどが数回の往復のあと自然消滅した。2、3通もやりとりすれば、もう書くことはなくなってしまうし、お互いにパソコン通信に慣れて、自分の居場所を見つけ、そちらに興味が移っていったからだろう。それは、ごく自然なことだった。
 そんな中で、まだ数人文通が続いている人がいた。なんとなくやめるきっかけを失してしまって、惰性で続いていたのだった。それが重荷に感じて始めていたころに、中村さんからのメールが届いた。たぶん、入会1か月後の、ごきげん伺いメールだったのだろうと思う。
 前出の沼原さんページで沼原さんが次のように書かれている。
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 中村氏の差し出される電子メールには,常務取締役という肩書きは付されておらず,「ニフティ株式会社 中村 明」とあるだけでした。中村氏が原稿の中で書かれているネットワーク感によるものでしょう。中村氏にお尋ねしたところ,ニフティ在任中の7年間に,ご挨拶メールだけで365万通を発信したとのこと,会員から1日200〜300通のメールを受け取り自ら返事を出されていたとのことで,これは驚嘆に値します。
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 そう、あのとき私は中村さんが常務取締役というエライ方であることなどまったく知らなかった。それで、中村さんにお礼の返信をしたときに、つい、今こういうことで悩んでいるのだがどうしたらよいか、と相談してしまっのだ。すると、たいへん親身に相談にのってくださり、女性だけのフォーラム「FLADY」というのがあるので、そこへも行ってみたらどうかと紹介してくださったのだった。早速「FLADY」に入会したあとのことは、もう詳しく覚えていないが、悩みことは無事解決し、その後も何通か中村さんにメールを差し上げたような記憶がある。
 それから半年もしないうちにFOAUのRT(リアルタイム会議。今で言うチャット)とオフにすっかりはまり、中村さんからの一周年メールが届くころにはFOAUのサブシスになって、しかもパソコン通信が縁で転職までしていたときいう、オマケ付き。

 あれから15年。中村さんが私のことなど覚えていらっしゃるとは万に一つ、いや365万に一つもあると思えないが、私にとっては一生忘れられない思い出である。JQさんの一文をきっかけに、どうしても書いておきたくなってしまった。

 そのJQさんが『その後も中村さんはご活躍の様子だけれど、ニフティのほうは「アットニフティ」になっても「アットホーム」感をなくしてしまった。』と書かれているが、同感である。
 早く、Macに正式対応すべし!>ココログ。結局最後はそれかい(^^;)。

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