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亭主の好きなドラゴンクエスト

 「ドラゴンクエスト」と「ファイナルファンタジー」は、どちらも超有名なテレビゲームだ。しかし、ドラゴンクエストファンの夫は、最近までファイナルファンタジーには目もくれなかった。最近は、ファイナルファンタジーばかりやっている。まだドラゴンクエストの新作が発売されないからだ。

 夫は、ドラゴンクエストを「3」(正しくはローマ数字のIII)からやっている。当時私はパソコン通信のオフに出かけてばかりいて、なんとなく一人で出かけるのがうしろめたいところがあったのだが、夫がドラゴンクエストをやっているときは、安心して出かけたものだった。
 いつも安心して出かけられるようにするためには、もっと夫をゲーム漬けにすればよいのだ、と気づいた私は、秋葉原でのオフの帰りに中古ソフト屋さんへ面白そうなゲームを買いに行ったが、もとより私はゲームをしないので(ポートピア殺人事件を解決できなかった後、スーパーマリオブラザースで、いくらやっても海の中から地上に戻れなかったところでゲームとは縁を切った)、どれがいいのかわからない。そんな中で、名前だけは知っていた「ファイナルファンタジー」を、これならきっと面白いに違いないと買って帰った。ところが、嬉々として始めるとばっかり思ったのに、箱から出しもしない。そのときは理由がわからなかったが、しばらくしてわかった。夫にとってゲームとは、唯一ドラゴンクエストだけだったのだ。彼は、決して浮気をしなかった。
 その後、4,5,6と、新作が出るたびに、彼は一人で楽しんでいた。私はたいてい会議室にコメント書いたり、メールの返信を書いたりしながらゲームの音だけを聞いていたので、画面は見ていないが、音楽だけは自然に覚え、けっこう好きだった。お互い自分の世界で楽しみを見つけ、相手に干渉せず、これはこれで、いい関係であったのだろう。

 ドラゴンクエスト7が出たとき、それまでのスーパーファミコンからプレイステーション用ソフトに変わったので、ドラゴンクエストをやるだけのためにプレイステーションを買った。プレイステーションってのは、CDが使えて、なんかすごいらしい。画面も綺麗らしい。プレイステーションというマシンへの興味と、前々から夫がひとりで楽しんでいたドラゴンクエストというゲームへの興味から、今回はいっしょにやってみることにした。そして、どっぷりはまった。旅先のホテルにまでプレステを持ち込んでピコピコやった。休みの日は朝から晩までやっていることもあった。こんな面白いものを今まで夫に独り占めさせていたことが悔やまれた。

 7を2回やったあと、これはほかのもやらなくては、と思い、友人からスーパーファミコンに移植されていた1、2、3を借りて一気やった。4はファミコン版しかないのだが、ファミコンは人に譲ってしまったため、几帳面で物持ちのよいぶーさんからファミコンをゆずってもらってプレイした。5と6は夫のソフトで、これはスーパーファミコン版。半年かけて1から7まで一気にやって、すっかりドラゴンクエスト通になった。夫と共通の楽しみもでき、夫婦円満のためにもじつによい趣味である。しかし、「ドラゴンクエスト8」が出るまではまだ数年かかりそうなので、しばらくゲームはお休みだ。

 あるとき、フリーマーケットをのぞいていて中古ソフトの店で「クロノトリガー」を見つけた。 そういえば「ドラクエが好きならクロノトリガーもおすすめ」と言われたことがあったのを思い出し、ためしに買ってみた。300円くらいだったと思う。そしたら、またはまった。ドラクエ以外には興味を示さなかった夫も、しっかりはまっていた。「ドラクエが好きならクロノトリガーもおすすめ」と言った友人は、エライ。
 私は特に、音楽が気に入って、CDを買って毎日毎日聞いていたころ、光田康典さんのファンサイトで、クロノシリーズの次の作品「クロノクロス」のことを知り、友人から借りてこれにもどっぷりはまった。またCDを買って毎日毎日聞いていた。
 最初、3頭身のドラクエの絵しか知らなかった目には、4頭身(くらい?)のクロノシリーズの絵は違和感があったが、すぐに慣れた。ということは、さらに違和感のあったファイナルファンタジーの絵(こっちは6頭身くらい?)だって、やってみればすぐ慣れるんじゃないの?。
 ということで、「ドラゴンクエスト8」の発売まではまだ間があるので、ついにファイナルファンタジーにも触手を延ばすことに相成った(ずいぶんと出遅れたものだが)。
 ソフトを貸してくれた友人の都合で、「ファイナルファンタジー7」から始め、今は「ファイナルファンタジー8」をやっている。まったく雰囲気も音楽も違うゲームに最初は違和感があったものの、やっぱりすぐ慣れた。そして、面白い。しかし、難しい。よく子どもがこんなゲームをできるもんだと感心。「そかー、ファイナルファンタジーってこういうゲームだったのか」と、納得し、夫もけっこうはまっている。

 「ドラゴンクエスト8」は、11月27日に発売が決まり、現在、なんとかそれまでに「ファイナルファンタジー8」を終わらせるべくがんばっている。ただいまDISC3。果たして間に合うか、なんて話をしていたある日、夫が突然言った。
 「やっぱりドラクエの方か好きだな」、と。
 ドラゴンクエストにあってファイナルファンタジーにないのは、“サスペンス”なんだそうである(笑)。

 さて、次のドラゴンクエストはどんなサスペンスで夫を楽しませてくれるのだろう。発売日が待ち遠しい今日このごろである。

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姫神・星吉昭氏さん追悼

 「姫神」の名でご活躍のシンセサイザー奏者、星さん死亡のニュースを2日の朝刊で知って非常に驚いた。まだ58歳…。ほんとうに残念でならない。

 私が星さんの名を知ったのは、そんなに前のことではないが、名前を知らないときから、気にはなっていた。ブルガリアンヴォイスをアレンジしたようなテレビ番組のテーマ曲(日曜夜8時からの「神々の詩」だったのだろうと思う)を聞く度に、誰の曲なのだろう、と思っていたからだ。
 ブルガリアンヴォイスを知ったのは、15年ほど前。友人にCDを聞かせてもらったのが最初だった。暗い部屋でヘッドホンで聴いたものだから、なんというか、もう、これは強烈だった。違う世界に来てしまったような気がした。そのブルガリアンヴォイスを取り入れた日本の曲を聞いたのはそのテーマ曲が初めてだったので、聞く度に気になっていたのだが、作曲者が姫神こと星さんであること、また、岩手県出身で、岩手県に住み、東北地方の風物を題材にした音楽活動をしているということを知ったのは、それからしばらくして偶然見たテレビ番組でだった。星さんは、長い白髪混じりの髪をひとつに束ねた、思ったより年輩の、穏和そうな方だった。

 しかし、その番組ではブルガリアンヴォイスとのつながりはわからず終いだった。それがわかったのは、1年くらい前だったのではないかと思う。
 遅刻しそうな朝、NHK-BS2をかけっぱなしにしていたら、『世界わが心の旅』(再放送)が始まった。普段ならもう家を出ているはずの時間だ。「あれ?星さん?」と思ったら、その回のタイトルが「ブルガリア 大地に響く心の歌声」だった。あわててビデオをセットして家を出て、帰宅してすぐに見た。星さんとブルガリアンヴォイスが、やっとつながった。
 昔どこかで、「自分が読むべき本は、本屋さんの棚に並んだ本の方から“私を読んで”とアピールしてくる」というようなことを読んだことがあるのだが、かねて私もそう思っていた。そして、この番組をこんな形で見たときも、やはり、同じように思ったことだった。
 このときの番組名は覚えていなかったのだが、ネットで検索してみたら、ミュージシャン『姫神』に関する非公式ファンサイト「 About HIMEKAMI Station 」の中の「姫神のテレビ登場履歴」で確認することができた。番組の内容についてもまとめてくださっている(感謝)。

 ブルガリアンヴォイスとの関連はわかったものの、ひとつだけひっかかることがあった。「姫神」という名前だ。自分で自分のことを「〜〜神」とか「〜〜王」とか「〜〜姫」などと名乗るような人は、自意識過剰な気がしてそれだけで引いてしまうが、そんな名前を星さんは選択された。それが不思議だった。星さんが、とてもそんな人とは思えないからだ。「姫神」の名は岩手県の「姫神山」という山からとったことまではその後知ったものの、それでもまだ「神」にこだわっていた私だが、なぜ「神」なんだろう?と思いつつも積極的に調べることもしないうちに星さんは亡くなられた。
 そして、今日やっと「神」の意味を知った。友人のblog「深夜のNews」にトラックバックされていたある米国公認会計士の鎌倉からロンドンへの道からのリンクで姫神山の名前の説明を読んだからだ。姫神山の「神」(カミ)は神聖な山や上(かみ)のことで、高い山を指し、神仏の神とは別の意味であることを知って、そうだったんだ、と、安心(?)した。でも、そのときにはすでに星さんは亡くなられてしまっていた。悲しい…。

 私は星さんの音楽が大好きではあったが、ある米国公認会計士の鎌倉からロンドンへの道のKOHさん同様、熱烈なファンというわけではなく、CDを持っているわけでもなかった。ほしいな、とは思っていたが、まだ買っていなった。
 今さらではあるけれど、CDを買ってこよう。

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